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二つの手記
『才能が一つ多いほうが一つ少ないよりも危険である、と言ったのはニーチェだったか。
まあ自分が持っているあれは間違いなく才能ではなく、能力、もとい技能だ。しかも誰にも使用する機会は訪れないが、誰でも一分で覚えられる技能。
しかしそれが危険であることには変わりはない。下手をしたら自らを滅ぼしかねない。
しかもやっかいなことにあれは時々意思と関係なく発動する。
二度勝手に同じ時間に発動するのは食い止められるが、それでもやはり。
孤独である。
すべてを無効にし、上書きする。
知るが故の悲しみ。知るが故の孤独。
だがそれもすべて受け入れよう。
それが一族の運命であり運命であるならば。』 ――室井朽の手記
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『明日ありと思う心のあだざくら
夜半の嵐の吹かぬものかは』 ――親鸞
カタストロフィ、という言葉を唐突に思い出した。
西の空が紅に染まるのを見たのはいつだっただろう。ついさっきだった気もするし、遥か昔だった気もする。
身を切るような冷たさを孕んだ秋風が吹きすさぶ。
ここはビルの残骸が作るドーム状の空間。
俺は、端整な顔に感情の感じられない無難な微笑を浮かべた転校生と向き合っていた。
「佐藤だったか。こんな所で会うとは奇遇だな」
転校生が世間話でもするかのように声をかけてくる。
何言ってんだお前。さっさと逃げろよ。
言い返す声が自分でも情けないと感じた。
「……ひさし……だな。こんな……なるのも」
パチパチと爆ぜる炎の音で転校生の呟きは聞き取れない。
ふとあたりを見れば、このあたりにも死を量産する赤色がまわりはじめていた。
二度目の大きな衝撃の時に柱の下敷きになって死んだ友人の高橋。
逃げ回るうちに慣れてしまった、人が焼けた時の刺激的ではないのだけれども、穏やかに気持ちの悪い臭い。
赤と黒の二色に染まり、それ以外の色の存在を容赦なく攻撃する世界……
そう。俺の住む、西日本でも有数の大都市が一瞬で破壊されたのだ。地震のような揺れを感じた刹那、すべてが崩れ去った。
台風の風に吹かれて飛んできたガラスの破片が顔にあたる痛みで我に返った。とりあえずここから逃げなければ。とっさに転校生の腕をつかむ。
「おい。はなせよ、佐藤」
その声が心底迷惑そうだったものだから、思わず何か言い返したくなった。が、言うべきことが見つからない。とりあえず心の中で、佐藤は俺のクラスの委員長で、俺の名前でない、と意図のわからない突っ込みを入れつつ、転校生の腕を引っ張る。
と、ちょうど転校生の首からかかっている長すぎるペンダントが目に入った。荒削りな半透明の黒水晶が先についたものだ。今はなぜか、淡い光を発している。その光があまりにも暗くて、闇を秘めているように感じたので、つい見とれてしまった。
俺の手から力が抜けたのを感じたのだろう。奴は俺の手を振りほどき、走り出した。が、そっちは炎が渦巻いている方向だ。
危ないぞ、といった意味の言葉を叫んだ気がする。が、奴の耳には届かなかったようだ。
とっさに奴の体の横に流れていたペンダントをつかむ。
紐が熱で切れかかっていたのだろう。だんだん強い光を発しはじめていたペンダントは紐が切れ、俺の手に収まった。
と、転校生が迷惑そうにこちらを振り向き、そして目を見開き、叫んだ。
「おい佐藤。危ないぞ、後ろだ!」
言われて振り向いてみると、炎を纏った柱が倒れてくるところだった。
「ぐあっ……つ……」
とっさに避けたものの、腹のあたりが地面と柱に挟まった。別に痛いわけではない。ただ体から何かが抜けていく感覚しかない。だがおそらく、痛みを感じない時点でもうだめだろう。ためしに足を動かそうとしたが、まったく動かない。
こんなところで死ぬのだろうか。
ふと、家族や友人の姿が思い浮かんだ。両親の寛大な微笑み。妹の無邪気な笑顔。そして、血まみれになって俺の足元に転がってきた蒼白な高橋の首。ああ。
そして。
意識が、
命が、
消滅した。
1
高い電子音が鳴り響く。
反射的に音源を叩く。俺の目覚まし時計だ。
いつもと変わらない朝。手で触ったところ、どうやら腹に穴はあいていないようだった。足も動く。
どうやら悪い夢だったようだ。昨日の夜見た変わったドラマのせいか。
「お兄ちゃーん。お母さんが早く起きろって言ってるよー」
一階から妹の声が聞こえる。時計を見ると七時四五分。始業に間に合う電車まであと二十三分。俺が乗る支線の駅までダッシュで八分。やばい。
着替えをすませて一階におりると珍しく家族全員が揃っていた。って言っても昨日も揃っていたか。
おはよう、といって自分の席につく。
「赤道付近で発生した大型の台風9号は、現在九州の南の海上を北北東に進んでおり、明日の夕方から夜にかけて西日本では強い風と大雨が予想されるため――」
淡々とニュースを読み上げるテレビの音をBGMに朝食をかきこむ。三日連続でパン食だ。これまた珍しい。
「じゃあいってきまーす」
時間との戦いを繰り広げる俺の横を、妹が通り過ぎていく。
三分後、俺の「いってきます」という声と、午前八時を知らせるテレビの音が重なった。
なぜだろう。一限目のチャイムが鳴り終わった十秒後、教室にすべりこんだ俺は思った。
いつもと同じ教室は、毎日似てはいるが必ず異なる光景を映している。しかし今日はどこか一度あった一日を再生しているような気がした。既視感とかデジャヴとか言う奴だ。
まあ、よくあることなんだが。ただ単に寝不足なんだろう。もしくは今日の夢を引きずっているのか。
「おーい、呆けた顔してどうした。毒電波でも受信してるのか?」
前の席の高橋が振り返って話しかけてくる。中学以来の友人で俺が夢の中で殺してしまった奴だ。
ん、なんだ高橋。お前じゃあるまいし俺はそんなものとは無縁だぜ?
俺が笑って答えると高橋も、かは、と笑った。
と、ちょうどそのとき教室の前の扉がガラガラと開く音がした。
水曜の一限目は化学だ。ああ、俺はあの先生が苦手だ。無駄なエネルギーを使って自分の価値観をおしつけてくるあの人は、思春期の少年と地球にあまりやさしくない。もっと自分の頭髪に貴重なエネルギーを使うべきだと思うね。
俺の願いが通じたのか入ってきたのは担任で現国を教える先生だった。不思議に思って高橋に、何で現国なんだろうな、と聞いたらあたりまえのように言い返される。
「なんでって……そりゃ火曜一限目は現国って時間割りに書いてあるからだろ」
思わず手に持っていた筆箱を落としそうになった。確か太陽暦では火曜の次は水曜だったはずなんですが。追い討ちをかけるように現国の教師が口を開く。
「はい。今日は授業の前に一つ連絡があります。突然だったんですが、うちのクラスに転校生が来ました」
クラスが軽くざわめく。今度は本当に筆箱を落としてしまった。
流石に二日連続で自分のクラスに転校生が来ることはないだろう。「どうしたんだ。本当に毒電波受信中なのか?」という高橋の軽口にも答える気にならない。
そして。
先生の「入ってきてくださーい」という言葉と共に現れたのは、紛れもなく昨日転校してきたはずの達観した顔つきの少年。もちろん言った言葉は昨日と同じで、端整な顔に浮かべた無難な微笑も、ふざけた名前も同じ。
「はじめまして。綾八神祀代朽葉です。今後よろしくお願いします」
結論として。
どうやら俺は寝不足で夢を引きずっていて、毒電波を受信していて、さらにその上、予知夢を見たようだった。
その後クラスの女子が奴に質問して、有名な数々の災害に遭ったことがあるとわかり、驚きの声があがり、最後に委員長の佐藤が代表して挨拶をして、教室の隅の席に奴が座り、授業が始まった。まったく記憶どおり。恐ろしいまでに。
同じ授業を受け、同じ小テストをうけ、放課後同じメンバーでカラオケに行き、家に帰れば家族に同じことを言われた。
次の朝はちゃんと水曜日で毒電波に完全にやられていないことを確認できた。しかし夢どおり、一限目に思春期の少年と地球にやさしくない教師の価値観についての演説を聞かされた。そしてやはり真面目に聞いていたのは綾八神祀代と佐藤くらいのもので、後は寝るなり他の教科の勉強をするなりしている奴ばっかだった。
ま、人の言葉は話半分に聞けと言うしな。……いや、意味違うけどさ。
水曜の授業も終わり、今は午後五時二八分。
とある大きな駅の前にある塾で授業を受けている。ちなみに丁度、授業確認テストと名付けられたプリントと格闘中だ。
だが俺は上の空だった。そう、夢でカタストロフィが始まったのは丁度このプリントをやっている途中だったのだ。ちょうど二つ後の問題の時だ。……いや、いくらなんでも夢の引きずりすぎか。俺は自嘲する。
と、そのとき衝撃が来た。
直下型地震のような縦揺れ。次いでずっと収まらない横揺れ。そして悲鳴。
まさか……そんなことが……。
一瞬呆然としたのがいけなかったのだろう。夢よりもコンマ一秒横に飛びのくのが遅くなる。もちろんそれは俺の命が消えるには十分な時間だ。
飛来する教室の後ろにあった誰も使っていない机。夢でなんとか避けきった机の一つの角に頭をぶつける。一番後ろの席だった俺は、そのまま飛来する机を背中に、肩に、そして再度頭にくらった。
2
高い電子音が鳴り響く。
反射的に音源を叩く。俺の目覚まし時計だ。
自分の腕をつねってみる。痛い。
「お兄ちゃーん。お母さんが早く起きろって言ってるよー」
一階から妹の声が聞こえる。時計を見ると七時四五分。
急いで一階に降りた俺は、妹のおはよう、という声も無視して質問を発する。
「何言ってんのお兄ちゃん。今日は火曜日だよ?」
あっさりと妹に答えられる。聞き憶えのあるテレビの台風情報が流れ出した時、俺は家を飛び出していた。
母親が何か叫んでいたが、聞き取れなかった。
俺はダッシュで逃げていた。俺の住む街と現実から。
どうする。とりあえず家を飛び出してしまったが、今考えればカタストロフィが始まるのは明日だ。何も今逃げる必要はない。
そうだ。なぜ自分はこんなにも取り乱しているのだろう。そう思って走るのをやめる。そういえば学校に行かなくては。駅とは反対の方向に向かって走ってきてしまっていた。急いで駅に行こう。
渡ったばかりの十字路を戻りながら、明日どうやって逃げるかを考えていた。
と、そこで突然トラックが飛び出してくる。
『一人残った傷ついた俺が この戦場で あとに戻れば地獄におちる』
突然古い歌が頭をよぎる。
通常の三倍の人の名前が連呼されるところで俺はトラックに轢かれた。
あとに戻れば地獄に堕ちる……か……。
3
高い電子音が鳴り響く。
反射的に音源を叩く。俺の目覚まし時計だ。
この今日の俺は他に客がいない昼の電車で、武骨な刃物を両手に逆手で持っている少女と向き合っていた。火曜は普通に生活し、今日水曜は田舎の祖父母の家に避難する。完璧な計画……だったはずなのだが。
「えへへ〜。じゃきーん。逃がさないよ〜」
虚ろな目の少女に言われた。刃物を持った両手を胸の前でクロスさせている。怖い。
少女が胸の前でクロスしていた両手を下ろす。次の瞬間、視界いっぱいに煌めくナイフが広がっていた。
上半身の動きだけで避ける。
さっきまで俺の頚動脈があった所を正確にナイフが通り過ぎるのを目視してから体を反転させる。他の乗客がいる隣の車両で走りこもうと少女に背を向け――
「えへへ。逃げちゃダメだよ。あなたにここが私で殺されるんだからね。へへ」
思わずねずみの墓に花束を添えてやりたくなるような口調の少女の声が聞こえると同時に、俺は前につんのめるようにして倒れた。
背中に生温かい液体が流れるのがわかった。
少女の方を振り返れば右手にだけナイフを持って近づいてくる。つまり彼女は明らかに投擲用ではない武骨なナイフをその華奢な腕で俺の背中に投げたということか。もはや恐怖を超えて呆れを感じる。
「えへっ。逃げちゃダメって言ったでしょ」
えくぼを作って近づいてくる少女。その手は腰のホルダーから次のナイフを抜いている。俺はもはや動くことすらできなかった。
気付いたら俺の上に馬乗りになった少女が、笑顔で俺の体中をぐちゃぐちゃに刺している。俺は口から漏れそうになる内臓を飲み込むので精一杯だった。
4
高い電子音が鳴り響く。
反射的に音源を叩く。俺の目覚まし時計だ。
さて、どうするか。災害で必ず死ぬ。逃げても殺される。そして死ねば二日前に戻る。ループ。またループ。
そういえば昔こんな話が書いてある小説を読んだことがあった。確かSFモノだ。結局主人公はどう話を完結させたんだっただろう。
と、そこで主人公が話を終わらせた方法を思い出して自分の机に向かう。
よもやこんな形で人生が終わるとは思わなかった。諦めたように笑い、キャンプ用のサバイバルナイフを手に取る。
自らの首に深々と突立てる。
5
高い電子音が鳴り響く。
反射的に音源を叩く。俺の目覚まし時計だ。
どうやら神は自らの手で命を絶つことさえ許してくれないようだ。まあ俺は神を信じていないんだが。
しかしこれでわかった。カタストロフィからは絶対逃れられない。そして次のループに持っていけるのは記憶だけ。
ただの帰宅部の高校生には難易度が高すぎるんじゃないだろうか。そんなことを考えながら俺は自分の机に向かう。
数学のプリントの裏に「6」とボールペンで書き、折りたたんで筆箱に入れる。
誰が仕組んだかわからないこの無粋なゲーム。あと何回でクリアできるだろうか。
6
残念ながら警察や消防署は俺が未来に起こることを教えてやってもまともに対応してくれない。まあそりゃそうだろう。俺が電話に出た警察官だったとしても、明日の夜地震と火災と台風で街が崩壊するなんて荒唐無稽な話を聞かされたら、親切かつ丁寧にお前が電話をかけるべきなのは精神病院だと助言する。
ちなみに今回頭が砕けて死んだのでヘルメットを用意しようと思った。
7
六十九周目。塾のビルから出た所で腹にガラスが刺さる。サーモンピンクの小腸が飛び散るのが見えた。
8
百十二周目。そろそろ気が狂いそうだ。地震、火災、台風が同時に三つ起こるってのはやめて欲しい。炎に巻かれて死亡。
9
百四十周目。初めて駅周辺の最高層ビル群から抜け出せた。が、途中で突然意識がなくなった。まあそういうことならしょうがない。
10
この今日も筆箱に入っている紙に書かれている数字を手の甲に書き写す。軍手をつける。鞄からヘルメットはいつでも取り出せる。学校指定の革靴はもう運動靴に履き替えた。
次のループには持っていけないけれども、百周目あたりからつけ始めた日記を制服の内ポケットに滑り込ませる。
「何やってんだ? 何かの呪術か?」
塾でも前の席に座る高橋が話しかけてくる。
いや、何かの魔術だ。
俺の冗談にかは、と高橋が笑って前に向きなおった刹那――
来た。
ヘルメットをかぶり横に飛ぶ。
飛来する机。それが止む一瞬を見て教室の後ろへ駆け出す。
すでに割れている窓を飛び越えればそこはビルのベランダ。
視界一杯に建ち並ぶビルが、あるものは根元から、あるものは真ん中から崩壊し、瓦礫の山へと還っていく。
それを横目にビルとビルがぶつかりあって降らすガラス製の死の雨を潜り抜け、ビル群の下敷きにならないよう駆け回る。
気がつけばそこは一回目のループの時に転校生と会った、ビルの残骸が作るドーム状の空間だった。前と同じ場所に奴が立っている。奴の黒いペンダントはすでに光っていた。
よ、綾八神祀代。こんな所で何やってんだ。
「佐藤だったか。お前には関係ないことだ。もう時は戻るんだからな」
時は……戻る……だと? そういえばループが始まったのはお前のペンダントを握って死んだ時からだった……。
「「まさかお前!」」
奴と俺の声が重なる。奴は俺から、俺は奴から同じ種類の何かを感じ取っている。
「ループに巻き込まれたのか! ……詳しい話は後でする。一度巻き込まれたなら俺の一族の力を使える」
さらに奴は自らのペンダントを指差して叫ぶ。
「一人では光り始めてからでは時が戻るのを止められないんだがな。二人なら止められるかもしれん。いいか、精神を集中させてこのペンダントの光を封じることを想像しろ!」
話がまったく見えないが、とりあえず奴の一族とペンダントがこのループに関係する事だけはわかった。
目を瞑り、奴の言った通りに想像する。
十秒もそうしていただろうか。奴が言う。
「よし……なんとか戻るのは防げたか……」
どうやら俺は、ループから抜け出すことができたようだ。日常へ、戻るのだ。
ここからは一発勝負だ。今までのようにやり直しはきかない。本来人生とはそういうもののはずなのに、俺は恐れを感じていた。
もし自分が死んだら。家族が死んだら。友人が死んだら。
だがここまで来れば最善を尽くすしかない。どうせもっとループが続いていれば、時間という牢獄のなかで発狂していたんだ。
生き延びて、明日を、人生を手に入れてやろう。
と、ふと自分の人生とは何だっただろうかと疑問に思った。流されるままに傍観者であり続けた自分。この十七年間でいったい何を手に入れただろうか。…………見つからない。
そこまで来て思い出した。ニーチェも言っている。「お前が真実を覗き込もうとする時、また真実もお前を覗き込む」と。あまり深く泥沼にはまってはならない。もう俺は、時間の牢獄から抜け出せるのだから。
そんな議題、哲学者か化学の教師か老後の俺にくれてやればいい。
そして俺は目を開け、奴のほうを見て――
その時、俺の体が、奴のペンダントの如く、光を放った。
高い電子音が鳴り響く。
反射的に音源を叩く。俺の目覚まし時計だ。
思いっきり目覚まし時計を壁に叩きつけ、机の上の紙に184と書き殴る。
11
『人は人に影響を与えることもできず、また他人から影響を受けることもできない』 ――太宰治
この今日こそすべてを終わらせてやる。と思って奴に事情を聞こうと思ったのだが……。
すごいモテようだな……、と思わず呟く。
今日奴の近くにはずっと女子が三人以上いた。これでは二人で話そうにも話せない。
「どうしたんだ。あいつに嫉妬してるのか?」
高橋が声をかけてくる。
何言ってるんだ。俺、彼女いるし。
とりあえず嘘を吐いてみた。
「そうだったのか……。あー、俺もそろそろ彼女欲しいな。愛されなかったことは生きなかったことと同義であるってパスカルも言ってたもんなー」
なぜか信じられた。
それと、それ言ったのパスカルじゃなくてルー・サロメだった気がするんだが。
「あれ。ルー・サロメって知識より小さな愛の方が偉大だって言ったんじゃなかったか? まあいいや。それよりさ、カラオケ行こうぜ、カラオケ」
どこをどう間違えたのか想像がつかんが、それは逆だろ。
その後、家に帰ってテレビをつけたら、一回目のループの時に見たドラマをやっていた。
「二十四の色と一つの正義! 何者戦隊、ダレンジャー!」
戦隊ヒーローモノなのになぜか子供向けじゃないドラマだ。今見てみると、なんとも陳腐な台詞の羅列に思えた。
そして、俺は四周目の時に殺されたナイフ少女と向き合っていた。どうやら彼女はカタストロフィから逃れようとすると俺を殺しにくるようだ。現在俺は塾をサボって転校生の後をつけているところだ。思わず声をあげる。
「えへへ〜。おひさしぶりなんだね〜」
少女は言葉と共にナイフを構える。と、ちょうど俺が尾行していた人物がいる辺りから、「穢物よ、符に帰せられん」という叫びが聞こえた。次の瞬間少女は跡形もなく消え去る。
その向こうには、古めかしい御札を構えた綾八神祀代朽葉が立っていた。
詳しい話はカタストロフィが始まる前に聞こう。俺はお前のペンダントで同じ二日をループするようになった。
そう言う俺を一瞬睨んだ後、奴は唐突に語りだした。簡潔にまとめよう。
奴の本名は室井朽。母方の祖母である綾八神祀代家は平安時代に「穢物」と呼ばれた、異形の怪物をモノに封じ込め、使役する能力を操る一族だった。しかしその力は次第に人に恐れられ、忌み嫌われるようになる。歴史からその存在を抹消された一族はそれでも細々と続き、その最後の生き残りがこいつなんだとか。といっても今はもう血が薄まって昔ほど強力な封印を施せなくなったらしい。そのせいで時々上位の穢物は使役する側の意思とは関係なく能力を発動するようになった。今回のペンダントは分家である奴の祖母に伝わっていたもので、久遠苦と呼ばれる上位の穢物が封印されているらしい。それが時を戻す能力を持っているのだ。正確に言うと時を戻すのではなく、対象の人間の記憶のみを過去に飛ばし、歴史を上書きするらしい。どっちにしろクオングとかいう新しいジオンのMSみたいな名前の穢物が迷惑であることはわかった。ちなみに、上位の穢物は下位の穢物を使役することもできるらしく、あのナイフ少女も穢物に使役されていた穢物らしい。
残念。結構好みのタイプだったのに。
さらに、と奴は続ける。
奴はどうやら災害を呼び寄せてしまう体質らしい。事故頻発体質の災害バージョンってやつだ。つまり自己紹介の時に言っていた数々の被災地に住んでたって言うのは、奴が住んでいる所に災害が起こったのではなく、奴がいたから災害が起こったって意味なのか。中越地震、カトリーナ、スマトラ島沖地震など、一度は耳にしたことがある災害は、ほとんど自分が原因である、とも言った。まったくもって迷惑極まりない体質だな。
「これでも何度もやり直して災害が最小限になるよう努力したんだぜ?」
何度もループして救援物資が早く届くように小細工したりな、とのたまう転校生。
と。その時一八四周目の衝撃が、来た。
立ち並ぶマンションが崩れてくるが、奴が「穢物よ、符より出でん!」と叫ぶと、不思議な事にこいつと向き合うときのドーム状の空間が出来た。下位の穢物を使役して崩れてきた建物をドーム状になるようにしたらしい。外は大災害が起こっているはずなのに、ここだけは静寂に包まれていた。
二十分も静寂が続いていただろうか。もうここにも火がまわっていて、柱や火の粉が降ってくる。奴が立ち上がった。首のペンダントを見つめている。
「そろそろ時間だ。ペンダントが光り始めている。じゃあ終わらせ――」
突然言葉を切る。奴は俺を見て、驚愕の表情を浮かべていた。
「お前……一体何周目なんだ……」
これが一八四周目。三六六日目だが?
「……同じループを百回繰り返した人間の脳は、このペンダントの如く、穢物の媒体になるんだよ。元々対象の脳内の記憶を飛ばしてるんだからな。……お前、光ってるぞ」
つまり、と近くに落ちていた鉄パイプを拾いながら奴は続ける。
「このペンダントの持ち主である俺か、お前が生きている限り、お前はループから抜け出せない。二つ動じに止める事は不可能だからな。だから、今から俺かお前か、明日へ進む方を決めよう」
そう言い終わると同時に、室井朽は襲い掛かってきた。
12
『生まれてきて、すいません』 ――太宰治
決着はあまりにも呆気なく、ついた。
呆然としていた俺は、鉄パイプをすんでのところでかわした。次の瞬間、俺がさっきまでいた所に柱が倒れてきた。俺がさっきまでいた所というのはもちろん、攻撃が空振りに終わった奴がいる場所である。
「はは、俺の最期もあっけないもんだ……」
柱に体を挟まれた奴は、苦笑しながら言う。それは初めて感情の感じられる微笑だった。
「さあ、俺が死んだら穢物の力も消えてここも崩れる。命が惜しいなら自分の体の光を止めるよう想像しながら逃げることだな」
鉛色の空の下、崩壊が続く街を家に向かって歩きながら考えていた。
あの哀しい少年は孤独だったのだろう。自らが存在するだけで他者を滅ぼしてしまう。罪滅ぼしのつもりで時間を戻して他人を救おうとするが、それでもそれでも目の前で大切な人が死んでいく。同情でもなく、感傷でもなく、俺にはわかる。自らの無力さを嘆いた事だろう。頼れるものもなく生きてきたんだろう。哀しいまでの孤独と孤高を抱き、どうしようもなく独りだったのだろう。
気付けばいつのまにか俺は自宅のあたりまで歩いてきていた。
崩れ去って何が何だかわからないが、家の位置だけはわかる。朦朧とする意識を無視して、家の敷地内を歩き回る。
なんだ、もう家族皆避難したのか、と思い近くの避難所へ行くために振り向くと、そこに千切れた少女の華奢な腕が転がっていた。
ああ可哀相にと思って、その腕の持ち主の死体の上にあるだろう倒れた壁を動かしたら。
片腕のない妹と、父と母が血まみれになって転がっていた。
それが目に入った瞬間、様々なことを思い出した。そういえばここに来る途中に足で蹴ってどけた死体は高橋に似ていた。
高橋の首。柱につぶされた佐藤。苦笑をもらした哀しい少年。
あれ、おかしいな。家族や友人を助けようと思っていたのにこれじゃあ死という死を友とし、友という友を死としただけじゃないか。
ああ、そういえば俺はループに巻き込まれたんだった。次のループじゃみんなが死なないよう気をつけなきゃな。さあ、次も頑張ろう。…………それにしてもループがおこるの遅いな。早く戻ってやらなきゃならないことが一杯あるのに。あれ、そもそもやることなんてなかったんだっけ。
まあいいや、今度は綾八神祀代も生きたまま終わらなきゃな。
……え? そういえばループは終わったんだったか。じゃあこの状況は何だろう……悪夢か? ……いや、現実か。
じゃあこの死んでる妹は両親はなんなんだろうあれふしぎだなあどうしてこうなったんだろうもうなにがなんだかわからないよそもそもじぶんにはなにもわかっていなかったのかもしれないなそういえばるーぷはおこらないのあれもうおわったんだっけじゃあもういいやもういいやもういやだ。
時の牢に縛られた少年は。
常に傍観者でありつづけた少年は。
一八四回のループに耐えきった少年は。
十七年と三六六日を無為に無意味に生きた少年は。
瓦礫の街の如く無残に。
哀しき少年の命の如く孤独に。
崩壊を、むかえた。
エピローグ
『「神はサイコロを振らない」と彼のアインシュタインは言った。……本当にそうなのだろうか? もしそうだとしたら、この世界は、本当に、本当に、本当に愉快で不愉快極まりないな』 ――崩壊した少年の手記より
これは、後日談。とある病院でのこと。
物語を書き終えた少年はぼんやりと思考する。
「僕は、誰だろう」
崩壊した少年は、病院のベットで目をさましたのだった。
何度も読み返した誰かの手記をもう一度手に取る。
「君が倒れていた所を助けられた時に抱え込んでいたものだよ」と人に言われ、受け取った誰かの手記。
そこには無残に壊れていく少年の日記が二日分だけ綴られていた。
それから毎日、その手記を書いた少年になる夢を見た。
それの夢は鮮明で、手記にかかれていない所も何度も見た。
そしてここに今、それを物語にまとめた話が出来あがった。
と、その時つけっぱなしのテレビから男の声が流れてくる。
「二十四の色と、一つの正義!」
ああ。
少年は心の底から思った。
盲信するわけでもなく、盲目するわけでもない、躍動するような、正義を信じる言葉。それはなんと、すがすがしいことだろう。それはなんと、うつくしいことだろう。
ふと、窓の外を見れば、雲一つない空が広がっていた。
それは吸いこまれそうな、澄んだ、深い青色だった。
崩壊した少年は、物語の主人公が、手記を書いた人物が自分だとは気付いていなかった。
天に広がるはてしない蒼を眺めつつ、
手記のページをパラパラとめくりながら、
少年はもう一度ぼんやりと思考した。
僕は、誰だろう。
〈fin〉
あとがき
実はこれ、長編用(原稿用紙300枚くらい)に考えていた話を、無理矢理学校誌に投稿するために原稿用紙40枚に詰め込んだ話だったりします。
急いで書き上げて締め切りギリギリに出した話なんですが……今一度読んでみると凄まじい文章の粗が見つかりますねw
ま、過去の自分と今の自分を比べてみるという意味でも、加筆修正をせずにいきたいと思います。
実際はただ加筆修正するのが面倒だとかいう理由ですがw
かなり自己満足度の高い作品なのに、最後まで読んでいただきありがとうございました。
一応著作権なるものがあるらしいので無断転載とかはご遠慮願いたいです。 by管理人
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